盛岡さんさ踊りを知るほどディープ過ぎていろいろ考える

盛岡さんさ踊りを始めて5年目に突入しましたが、知れば知るほどディープな世界なんですわ。

まず団体が沢山あって、それぞれの踊りが違うし意味があります。
どれもそれぞれ個性があって面白いし楽しい。

盛岡さんさ踊りを始めた当初は「かっこいい」と思ったからで、最初は覚えることに必死だったんですが純粋に「楽しい」と感じていました。
ですがこれが最近変わってきて、楽しさは感じてきたけども、重さも感じてきたようになりました。

その重さの元になっているのは、団体間の溝、確執があり、団体内のいざこざを知ったからかなぁと。

みんな最初は純粋に「盛岡さんさ踊りが好き」だけだったと思うんですが、のめり込んでいく毎にこだわりや自分だけの価値観が形成されてきて、そこが他の人とぶつかっちゃうんでしょうね。


私は意見がぶつかっても良いとは思っています。多様性があるから個性が活きてくるし、いろんな刺激を受けることが出来ます。
でも「これは良く無いなぁ」と思うのは自分の極端な価値観を「これが正解なんだ」と一方的に押し付けてくることで、そういう人は必ずどこにでもいる。

お互い盛岡さんさ踊りが好きな人同士の集まりでも、嫌な思いをすることがある。

原点はみんな「かっこいい、楽しい」で始めたものの、深くハマるとそれが仇となって返ってくるくるような事は何とかならんのかなと考えることがあります。


2015年の9月から清流に参加させて頂いていますが、やっぱり初心者になれる時間は純粋に「盛岡さんさ踊り楽しい」という気持ちになれますね。

この気持ちも長くやっていけばまたいろいろと変わっていくと思いますが、なるべく「楽しい」という気持ちは忘れないような環境づくりにしたいと思います。

Pocket
LINEで送る

<スポンサーリンク>

この記事もよく読まれています

このページの先頭へ