高齢者の話が長いのはなぜか

(話が長いよ・・・)
(同じ事3回も言ってるよ・・・)
(それ、今の話題と関係なくね・・・?)

と、心の中で何度思ったことでしょう。

そう、高齢者の話は不思議なことに「長い。」

子供の頃から「なんでおじいちゃんの話は長いの?」「なんで同じことを3回も繰り返すの?」と聞きたかった永遠とも思える疑問テーマだったんですが、昨日高齢者を沢山相手にしている友達から「なるほど、それが答えだな!」と納得させられる意見を聞いたのでご紹介しよう。

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疑問:なぜ高齢者の話は長いのか?

1.話を簡潔にまとめる能力が衰えている

友達:
高齢者ってさ、会社を退職すると暇になって時間がいっぱい出来るじゃん。
だから、短い時間で伝えようとする、”話を簡潔にまとめる能力”が衰えるんだよ。



いきなり真理きたコレww

人は忙しいと、なるべく短い時間で物事を済まそうとする。
そういう環境にいると、「どうやったら短い時間で伝えられるか」「どうやったら効率が良いか」を自然と考えるようになるから、話もなるべく簡潔にまとめて話そうとする。

ところが時間に追われるサラリーマンと子育ての日々が終わり、死ぬまでほぼ休暇のような人生に突入すると、「短い時間で○○する」という必要がなくなる。

この状態で生きていると、本人も知らず知らずのうちに「話を簡潔にまとめる能力」が落ちてくる。

その結果、どうでも良いことを話しまくったりするわけだ。
困ったことに本人は能力の衰えに気付かずに話しているもんだから、「今はなしている内容はすべて大事」と思いながら話している。

2.私・私・私を見て!!

友達:
あとさ、退職して毎日暇で多くの人に触れる機会が少なくなってるから、誰かに自分の存在を認めて欲しくなるんだよ。
つまり、「私を見て!!」の状態。
だから「私・私・私!」ってひたすら話す。
話していると自分の存在が認められているような感覚になっているから、心地よくてさらに話す。



あぁ・・確かに。
自分の事だけをひたすら話しまくる高齢者さん。

これは他のブロガーさんが上手な考察を書いていたので引用させて頂きます。

高齢者の話が長い理由は「死を恐れる本能」と関係しているんじゃないかと思う。

誰だって死ぬことは怖い。
人間だって動物なんだもん。
死にそうになったら何とか回避しようとするのが本能だと思う。
一人暮らしで病気になって寝込んだら誰かにそばにいてもらいたくなる。

誰かに助けてもらいたい。
誰か~誰か~わたしはここにいるよーー!
わたしの存在を知ってほしいよ~!わたしを見てほしいよ~!!
わたしーー!わたしーーーー!わたしぃぃぃ~~~~!

「死」ってこの世からいなくなることだけじゃないと思う。

誰からも認知されなくて、この世に存在しながら社会から消滅してしまうこともまた「死」であり、本当の死と同じぐらい怖いことなんだと思う。

【引用】高齢者の自慢話が長い理由

共通しているのは「暇」

友達:
つまり、話が長い人に共通してることって「暇」なんだよ。



忙しいと「もうちょっと暇になりたい」と思ったりするものですが、今回の話を聞いて、実は忙しさこそ幸せの源なんじゃないかと思った。
忙しいと時間を有効に使おうという意識が自然と働くし、何かしら社会的接触も多くなります。


友達:
高齢者でも話がテキパキしてる人ってね、基本的に忙しい人なんだよね。

趣味で忙しかったり、定年が無い仕事で70歳になっても忙しくしている人だったりする人が多いね。



私も将来こういう高齢者になりたいね!

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