宮崎駿1

宮崎駿が70歳を超えて辿り着いた仕事の流儀をシェアしておきます。

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「面倒くさい」

宮崎駿が仕事中によく口にする言葉が「面倒くさい」だそうです。

「面倒くさいっていう自分の気持ちとの戦いなんだよ。何が面倒くさいって究極に面倒くさいよね。

『面倒くさかったらやめれば?』『うるせえな』って、そういうことになる。世の中の大事なことってたいてい面倒くさいんだよ。

面倒くさくないところで生きていると、面倒くさいのはうらやましいなと思うんです」

【参考】NHK宮崎駿スペシャル「風立ちぬ」1000日の記録より

僕は「面倒くさい」には2種類あると思います。

1つは、面倒くさいけど楽しい。
もう一つは、ただ面倒くさいだけ。

面倒くさいけど楽しいと感じるものは、やりがいを感じる仕事だったり、趣味をすることです。僕の場合、面倒くさいと感じるのは仕事。

実は毎日面倒くさいと感じているんですが、お客さんと楽しく話せたり、紹介したものに価値を感じてくれた時はやりがいと楽しさを感じます。面倒くさいけど、進んだ先に楽しさがあると分かっているから、やり続けることが出来ます。

楽しくない「面倒くさい」

逆に、進んだ先に楽しさが全く見えないと感じた「面倒くさい」だった場合が問題。

僕の場合、例えば上司の自己満足資料の手伝いだったり、毎回解決策の出ない不毛な会議とか。やる前から面倒で仕方ありません。

しかし宮崎駿が言った「面倒くさくないところで生きていると、面倒くさいのはうらやましいなと思うんです」という観点で考えると、進んだ先に楽しさが見えないものでも、こういう作業が出来る場にいるだけでも、実は幸せなことなんじゃないかと思ってしまいます。

「面倒くさい」から逃げていると”大事な何か”を落とす

面倒くさいと感じることから逃げていると、大事なものを落としてしまっている事があります。

僕が思う例は、夫婦の会話や子育て、人付き合いです。

いつまでも仲良くと思い描いて結婚したはずが、いつの間にか会話はほとんどしなくなっていたり、最悪は離婚するケースもあります。夫婦間に歪が生じた時、面倒くさがって話し合わなかった事が続いたことが主な原因です。

子育ては面倒くさがっていると、愛情を受けた立派な大人は育ちません。人付き合いも面倒くさいからといってやらないでいると、新しい出会いや知識の吸収が無く、コミュニケーション能力が下手になっていきます。

面倒くさいことは、新しく始める事だったり、勇気を出して進まなければいけないことでもあります。

ここから逃げていると、自分が豊かに生活するための”大事な何か”を落としていることになります。

【幸呼来】面倒くさい時は頑張ってみる

好きな事をするときは、たいていは頑張らなくても出来ます。しかし好きな事でも長く続けていると、「面倒くさい」と感じる時は必ずあるものです。

こういう時が「頑張る時」なのかなと思いました。

【参考リンク】プロフェッショナルの流儀 宮崎駿スペシャル