「成功」って言葉の使い方でおかしいと思う時がある

成功とは
世に言われる「成功した人」というのは、いったいどんな人なんでしょう?

私はこの数年間、「成功」という言葉に疑問を持っていました。

人は何をもって「成功」と考えるのでしょう。

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あの人は「成功」しました、それ本当に成功?

今日のエントリーを書くきっかけになったのは、ネットビジネスに取り組んでいるFacebook友人のある方が「成功した人と会って刺激的だった」という書き込みを見て、「??」と感じたからです。

なぜ「??」と感じたか。なぜなら、友人が言う「成功した人」という定義は友人にとってであって、本人にとっては必ずしも「成功」とは感じていないからかもしれないからです。

今はビジネスが軌道に乗っているかもしれませんが、成長が終わって衰退して無一文になるかもしれません。もしそうなった時、過去に起こっていたことは「成功」と呼べることなのでしょうか?長期的に考えれば、それは失敗だったんじゃないのかなぁ。

ビジネスで上手くいっているかもしれませんが、家族と上手くいかなくなる人、友人を無くす人だっているかもしれません。それって本当に「成功」と呼べるものなんでしょうか。

だから、ビジネスで「成功」したとか、お金持ちになったから「成功」と表現するのはちょっと違うと思うのです。

自分が死ぬ間際の寸前まで目標にしていたことが上手くいっていて、「成功した人生だった」と本人が感じられれば「成功した」と言えるのかもしれませんが。でもこの場合は、「良い人生だった」と表現した方がしっくりくる感じがします。

人生の一番の「成功」って

人生の成功
私はこのように考えるから「成功」という言葉は滅多に使いません。未来のことなんて誰にも分からないんですから。使う時は「この実験が成功した」とか、そんな時くらいです。

しかしこんな私でも、「これは人生の成功と言って良いんじゃないかな」と感じられるものがあります。以下、スティーブン・R・コヴィーの「七つの習慣」からご紹介。

成功って、出世するとか、年収を上げるとか、独立するとか、有名になるとか、そういうことではないと思う。

私は「素晴らしい1人の人間になること」こそが、人生の一番の成功なんじゃないかと最近思う。

日々自分は中から変わる用意があるか。それがすごく大切なんだと思う。

via:165 7つの習慣より

自分自身と一つになること、愛する人だちや友人、同僚と一つになることが「7つの習慣」の最高で最良、もっとも実りのある果実である。

種を撒き、辛抱強く雑草を抜き、大切に育てれば、本当の成長の喜びを実感できるようになる。

そしていつか必ず、「矛盾のない効果的な生き方という最高の果実を味わえるのである。

via:471 7つの習慣[人格主義の回復]

自分が誰かの、何かの役に立つことで、自分の成長を感じられて、家族や仲間と喜び合えることが「人生の一番の成功」なのかもしれません。

そうなるためには、自分がいつでも中から変わる用意ができていることと、一日一歩ずつでも進む習慣を付けることが大切なのです。

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